変わる?---問題意識はとにかくある。

 変わったよね?と書いて,ブログにアップしてから,なんだか,「みんな」「変わった」という言い方が自分で気味がわるくなってみたり。。変わった,というより,変わる,変わってきている,ということかと。

 この春,私自身は職場を変わって,新しい職場で適応しようとしてみたり,いやいやただ適応しているのではだめだぞといろいろ考えたり発言したり,試行錯誤をしていて,目の前のことだけで十分忙しかった。正直に言って,日常を生きていました。しかし振り返ってみると,3回ほど,ちょっと,立ち止まって考えるきっかけを作ることもできていました。

 ひとつめは,6月18日(土)に,青山一丁目のギャラリーで開かれた,「岡本太郎が“残さなかったもの”たち - こどもが見た、大阪万博のあとさき」というトークイベントに寄ってみたこと。府中市美術館学芸員の成相肇氏と万博ショップ「EXPO」代表の鴻池綱孝氏の対談から,アートというより,文化という視点から,岡本太郎さんを改めて見るきっかけをもらえ,また,大阪万博敦賀原発はこの初日に運転を開始し,万博会場に初送電されたとのこと)のあった1970年について考えるきっかけがもらえました。数年前から続々,1968年についての本が出ていますので,私にも,1968年は,日本においてだけでなく,世界史的に見てもエポックメイキングであるという認識が生まれていましたが(ウヘェ!今,amazonに「1968」と入れて検索してびっくり。気づいていなかった本がいっぱいありました!),その先の1970年については,このトークイベントが私に気づきをたくさんくれたように思います。私は1972年生まれで,この年はあさま山荘事件沖縄返還の年と私は理解してきましたが,この自分が生まれた年までの数年間の日本の歴史の中の位置づけが,ここのところとても気になるのです。このあたりのことについては,また改めて書きたいです。

 ふたつめは,6月28日(火)に,数年ぶりに神保町に出かけまして,数時間を三省堂で過ごしたのですが,このときにいろいろと,3.11以降に緊急出版で出された本・雑誌等を網羅的に見ることができました。このときに出会ったものたちが,その後の思索の種をだいぶくれたように思います。このときに出会った本の中で,立ち読み段階で衝撃を受け,忘れられていないものが2つあります。『現代思想』の2011年7月臨時増刊号「総特集 震災以後を生きるための50冊」の磯崎新氏の文章の最初の数行です。それは,以下のとおりです。

 三・一一のあとに読むべき本はありません。読んでも無駄です。
 この日本列島において,社会の全面的な制度設計をやりなおさなければならないことは,一九九五年以降わかっていたのに,何もやらなかった。今更あわてて読んで,何の役に立つというのですか。
 『視霊者の夢』(一七六六)があのとき再度読まれるべきでした。阪神淡路大震災地下鉄サリン事件が起きても,地球規模電脳網の復旧,抑圧,保守(安)だけしかやらず,リーマンショック東日本大震災でふたたびあわてている。・・・(同誌のp.32)

この磯崎さんの論考は,勉強不足の私にはわからない部分がたくさんありましたが,その強い訴えは,衝撃的でした。
 この特集号には,今日改めて読んでみると,他にも読み応えのある論考が並んでいます。鵜飼哲氏の「符牒とタブーに抗して:アナクロニー・過誤・不可能な正義」(p.38-48)を読んだときには,近代の日本史と世界史のつながりが見えてきた,感じました。アラブの石油産出国と欧米諸国,日本等との関係の見方など,改めてクリアになったかと思いました。昨年12月のジャスミン革命からの「アラブの春」と今回の日本の経験とが,同じ2011年に起きていることのつながりを漠然と感じていましたが,もう少しで腑に落ちるのかなと思えたりもしました(実際にはまだまだのようですが)。
 この日に出会ったもう1冊,『思想としての3・11』(河出書房新社編集部編,2011)の,加藤典洋氏の論考「未来からの不意打ち」(p.70-84)は,『現代思想』特集号(の磯崎氏らの論考)とは別の意味で腑に落ち,いくらか漠然とした感覚でなのですが,全体的に,共感せずにいられませんでした。加藤氏は国立国会図書館に勤めておられたときのことにも言及して,日本のメディアについて,危機意識等々を述べられておられます。その中で,最もあぁそんなように思うなぁという感想をもったのが,次の箇所でした。「あともう一つ。今回いろいろ読んで,考えさせられたことは,文系と理系の違いというか,人文系の知的メディアと自然科学系の知的メディアの落差というようなことでした。(中略)〜の後に読むと,人文的な知とは何とナルシスティックな産物か,と思うのですね。「頭がいいだろう」という声が聞こえる。その部分が,遊びだし,ナルシス的なんです。ちょっと悠長に感じられる。文学の本質は「遊び」なのですが,とはいえ,養老孟司がよく,文系の奴らは,という感じが少しわかる気がするのです。」(p.81,82)。この文系と理系の知,ということは,実は,次の東大での討論会でも,考えさせられました。

 そのみっつめは,7月8日(金)に,東京大学で開催された,第6回応用倫理・哲学研究会の緊急討論会「震災,原発,そして倫理」に,前任校の先輩教員M先生と一緒に出かけたこと。これは,3.11以後の私の中にぐちゃぐちゃにたまりつつあったものが,少し整理された問題意識となるきっかけを直接的に与えてくれました。

 長くなってきました。ここまで書いて,今になって,5月1日に一橋大学であった,小熊英二氏,赤坂憲雄氏,山内明美氏の公開の鼎談に行った,京大東南研のY女史との話からも,考えさせられたことを思い出しました。この鼎談,どうやら,記録集が出たようです。読んでみたいと思います。

 7月8日のこと,そして,今,企画がほぼ終わった,9月以降開催の連続講座としての公開講演会のことは,また改めて書くことにしたいです。とりあえず,企画の協力者となってくださった,足立正治先生のブログではすでに告知をはじめていただいているので,そのリンクをば