国際比較の難しさ

 新型コロナウイルスについての英語での情報が爆発的に増えている状況にあって,日米英の政府の首脳と政府が指名している専門家の責任者の会見を見てきた。トランプ大統領ホワイトハウスの大統領執務室から一人で行ったスピーチ(3/11)は,ヨーロッパ(英国を除く)から米国への渡航を30日間禁止するということと,給与税の減税措置を述べるなどしたものだったが,全体として国民を科学的な根拠を示さずに安心させようと米国の偉大さを連呼したものに私には聞こえ,とても残念な印象をもった。

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 その後,ローズガーデン(3/13)や記者会見室(3/14)でも次々と,トランプ大統領は重大な判断を提示するスピーチをしていったが(スピーチや質疑応答の筆記録はすべてホワイトハウスこのページにあるので,日付からすぐに見つけられる),どれも,彼の率直というか大衆的というかなキャラクターから,政府の動きが系統だっていない,サイエンスに基づいていないという印象になってしまったように私には見え(事実かどうかは私にはわかりきれていない),残念な気もちが重なっていった。先日も触れた,本件で専門家の代表ということになっているファウチ氏は説明に追われるようになり,政府もしくは大統領と専門家の関係が複雑でわかりづらくなっていると私は思っている。インターネット上には大統領選の思惑も絡んで,あらゆる不満,不確かな情報に基づく批判があふれ出はじめている。

 英国のボリス・ジョンソン首相は,左右に専門家にいっしょに来てもらって,スピーチをした(3/12)(筆記録はこちら)映像で右側にいるのが英国政府主席科学顧問で科学庁トップのヴァランス(Sir Patrick Vallance)氏,左側が英国政府主席医務官,英国健康省トップを務めるウィッティ(Chris Whitty)教授である。首相のスピーチにはscience;scientificという言葉が繰り返し出てきて,質疑応答では二人の専門家にも発言をしてもらいながら,私には十分と思われるだけのジャーナリストたちとのやりとりがあった。首相のスピーチは3分半程度で,質疑応答が36半程度続き,首相の口からは,対応はサイエンスに導かれているもので,適切なことを適切な時期に行うとの宣言がされて,私はしびれてしまった。

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 ところが,結局,そうしたサイエンティフィックと言って提案されたものが,未知のウイルスに対して有効なのか?という批判が各方面から出てきた。英国内の科学者たちは英国政府が現時点では社会的距離戦略を取らないことで急激な感染拡大が起き,医療崩壊が引き起こされることを恐れ,その戦略をとるべきだとする要求状を公にした(3/14)。サイエンスやエビデンスをいかに解釈し,行動につなげるかというところで,大いに疑問が投げかけられてしまったように見える。

 そんなところで安倍首相の会見であった(3/14)。

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トランプ大統領のスピーチを見て,閾値が下がっていたらしく,今回は私は,安倍首相はどんなにいいスピーチライターを雇ったんだろうと思ってしまった。かつ,彼自身が,日本語のスピーチとしては最大限と私には思われるほど,伝わる語り方をできていたのではないかと思った。

 

 英語でも日本語でも,今,見かける政策批判で,私が学校図書館の国際比較研究を少しずつしてきた経験から自戒も込めて思うのは,他国の政策(対応)と自国のそれとを安直に比較するべきではなく,特に,一方を批判するべきではないということである(研究者でも大手マスコミでもそれをしているのを今は見かける)。いくらサイエンスには普遍性があるとは言っても,また現代の政策決定がエビデンスやサイエンスに基づくものであるべきだという認識は広まってきている(広まるべきだと私は思っている)とは言っても,英国の例を見てもわかるように,その解釈から実際の政策立案への応用は,簡単なことではない。

 一つには,サイエンスと言っても,分野が細分化しており,各分野の研究を総合して政策に活かすというのは,ものすごい手間がかかることだと思う。例えば,今回の件では,感染症の現場(臨床)経験のある医師(や研究者)と,現場経験が少ない疫学の研究者の間では,かなりの見解の相違があるだろう。新型コロナの検査について,疫学者の中にできる限りの検査をするべきという考えの人がいるのは当然だ。データはいくらあってもありすぎということは無いだろうし,それに基づく政策立案を提案するのが疫学者であろう。しかし,今,厚生労働省がもっているデータも,疫学において無用かというとそんなはずはない。すべてのデータは,ある条件のもとで集められるのだから,その条件を勘案して分析することで何かは見えてくる。その際,誤差の検証がほんとうに重要だろうし,その手法はサイエンスにおいては常に改良が進められてきているはずだ。そういう意味では,検査に関わる条件があまりにも異なり,またその条件が十分に発表・吟味されていない現状で,各国から発表されるデータを安直に比較して,よく考えずに反応するべきではない。

 政策の国際比較となれば,各国にはそれぞれの国民性や歴史・文化があることを十分にふまえる必要がある。新型コロナの検査をどのようにどのタイミングでどこまで広げるかについて比較してよりよい政策決定をしたいなら,保険制度,医療の現状(ベッド数や医師数のほか,今回については指定感染症制度(日本では二類感染症相当としたこと)),国民性(例えば一年あたりの外来受診回数に表れるような国民の病院に頼る心理や行動)などの,成果に影響を与えうるあらゆる要素を考慮しなければどれが正しいなどと自信をもって言えるものではないと思う。もし考慮したのかと問いたい点があるのなら,批判の前にそれを指摘するべきではないか?

 政策決定がこのように複雑なことである(またそうでしかありえない)からこそ,反対に,政策決定の根拠(エビデンス)はできる限り,なるべく国民に分かりやすい形で公開,説明すべきなのだと思う。また,国民の側も,政府が情報発信しているものに対して,部分的に切り取るメディアを警戒し,自分で,大事だと思う政策に対しては時間をとってオリジナルに目を通したうえで,クリティカルに分析しかつ建設的に発言していくという態度が求められている。自戒を込めて繰り返すが,相手の話をよく聞かないでかぶせるように自分の意見を言うことが不適切なのと同じことだ。もっとも,日本の場合は,その政策に至ったエビデンスがほぼ示されないことが多い...

 政府には,"隠蔽している!"というような見方をする人がいつでもいる。そのような性向が政府や権力者というものの側にはいつでもあることは私も否定しない。でもだからこそ,政府がエビデンスに基づき,透明性ある政策決定をし,記録を残し,のちの検証に耐えうる状態にする,そのような制度を作ることがまず大事なのではないかと私は言いたい。要するに,文書館や図書館の制度の確立,情報リテラシー教育の研究の進歩と教育実践の充実,そうしたことを司る高度専門職の養成といったことは,日本社会において非常に優先度の高い課題であるはずだということです。

 

(2020.03.17朝追記)最後のパラグラフがあまりよくない気がしてきた。隠蔽しているということで部分的に批判して追及するより,制度をきちんとしていく議論をしたいということが言いたかったのだが。

 ところで,英国の運輸省のシャップス(Grant Shapps)大臣が,政府のコロナウイルスのアクションプランはすべてが科学に導かれたもの,エビデンスに基づくものだと言って,他国はポピュラリストのアプローチかもしれないとか,knee-jerkつまり,考え無しに動くというようなことじゃないとディフェンスをしたというニュース番組へのインタビューラジオインタビューを見かけた。かなり率直なものいいで興味深い。イギリス人のことだから,国民からいろんな反応が出てくることも織り込み済で,今のアクションプランを動かしている気がする。今回は,英米で,現在のリーダーの知性の差が大きく事態(特に社会の混乱度)に影響したように現時点では見える。

(2020.03.17夕刻追記)英国の前回とおなじ3人の新しい記者会見をやっと見ました。新しい対策が示されたわけだが,首相のスピーチがあって…両方の二人からもスピーチがあった。サイエンティフィックなエビデンスというものがすべてここで示されるわけもないのだが,英国民の命を預かっているトップのサイエンティスト二人が,直接,首相と共に,話すということに説得力を感じてしまうわけです。

 ヴァランス氏が,それ以上の対策(その中に学校の閉鎖も含まれる)は,適切な時,適切な方法,アウトブレイクの適切な段階で(at the right time in the right way at the right stage of the outbreak)と述べていたところで,そうだよなあと(まあ当たり前なのですが)。ウィッティ教授からは,数週間やって十分というイリュージョンを見ないようにしてくれと,サステイナブルじゃないといけないという話があった。で,質疑応答の中で新しく知ったこと,これもウィッティ教授の発言ですが,WHOがテストテストテストと言っていますが,という問いに,今も英国のテスト数は多いし,これからも増やしていく。ただ,どこで(geography)ということは今は重要ではなくなっていると。また,今はまだ信頼度が低いが,その人が過去にコロナウイルスに感染したかどうかがわかるテストが出てくると。まあそうかあ~と思いつつ,こういう充実した質疑応答ができ,命がけでこの問題に取り組んでいる科学者のアドバイザーたちと直接やりとりできる英国のジャーナリストや,それを見ることのできる英国の一般の人たちがほんとうに羨ましく思った。

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