インドネシア 〜〜 3つのプサントレンを訪れて


パベラン(Pabelan)のプサントレン(pesantren)で。お祈りの場所(ムショラ(musholla)と言ってよいのかな)なんだけれど,お祈りの時間以外はこうして,自由に使っているみたい。この写真では左は女子,右は男子で使ってるね。お祈りのときは,この奥の部屋で男子が,手前全体は女子が,使ってました。

 
 文化祭ウィークに,インドネシア研究者と一緒に,ジョグジャカルタ周辺に,科研のための予備調査に行ってきました。私はインドネシアは数年前にウブドで休暇を楽しんだことがありましたが,観光地でないところははじめて。そのわりに,ものすごくディープな内容でした。そして・・帰国してその日の夜から,腹痛吐き気で七転八倒・・1週間くらいかかってやっと,ふたたびまっすぐ立てるようになり,仕事に復帰しました。参りました。
 というわけで,仕事がさまざまとどこおっている感じがありますが,しかし,忘れないうちに,旅の第一印象を記録しておきたいと思います。
 今回,インドネシアを訪れたのは,モロッコでの調査の見とおしがなかなかつかないでいるので,同じイスラム圏しかし民主化が本格化しているインドネシア(例えばルモンド紙の記事のこんな翻訳文を読むとそう思う)で,ムスリムの学校の図書館と教育方法の状況とまた児童書出版の状況を見てみようと思ったからです。バリ島と今回訪れたジャワ島(それ以外の島々も。なにしろ17,000とかいった島からなる国)の違いは訪れる前のイメージから肌に感じるほどで,インドネシア多文化主義を宿命にしているようにも私には見えるのです。一方で,今回,インドネシアに1週間行って,私は,この国の人びとが,政治ととても距離が近く,また宗教ともとても距離が近い,ということをしみじみ感じ,おおいに感心しました。距離が近い,という表現で正しいかな。政治も宗教も常に生活の中,人生とともにあるということかな。学校では小学校1年生から宗教の授業があるようで,本屋さんではイスラム教とキリスト教のそれぞれの教科書が見つかりました。インドネシアでは国に宗教を届け出るそうなので,自分の宗教の授業に出るのかと思います。この宗教の教科書,授業の分析はおもしろそうです。(誰かやって欲しいなあ。)
 さて,訪れたプサントレン。プサントレンとはインドネシアイスラムの寄宿制の学校のことです(プサントレンについては,探してみれば,本,論文等,いろいろ日本語でも読めるものがありますし,インターネットにもたくさん情報がありますね)。私たちが訪れたのは,訪問順に,Pondok Pesantren Pabelan,そしてPondok Modern Darussalam Gontor 1,そしてGontor Ptri 1の3校です。これを駆け足で回りました。寄宿学校ですから,都市部にあるわけじゃないので,学校間の移動にものすごく時間がかかるのです。プサントレンにも,伝統的なイスラム学校から,近代的な教育の考え方を取り入れているもの,そして,ある人によればポストモダンということを考えているところまで,いろいろあるようですが,私たちが回った3校は真ん中の,近代的なプサントレンです。名前からもおわかりになると思いますが,後者2校は,ゴントル(Gontor)という総合学園に所属する別々の学校で,それぞれ男子校と女子校です。そして最初のパベランの1校は,同じ学校(敷地)内で原則,男女が別の教室で学ぶ学校で,ジョグジャカルタから車で1時間ほどかかったパベランという町にありました。この学校の創立者はゴントルの卒業生で,基本的な教育のモデルはゴントルであるとのこと("ゴントル・ファミリー"の一員とGontor 1の先生たちは言っていた)。要するに,今回の私たちの訪問校はすべてゴントル関連校ということなのですが,じゃあなぜゴントルというと,このゴントルという学校,インドネシアで知らない人はいないと聞く,名門プサントレンなのであります。インドネシアの二大イスラム組織のナフダトゥール・ウラマー(Nahdlatul Ulama:NU)とムハマディア(Muhammadiyah)の両方のトップに,ゴントル出身がいるとか,政治家にも卒業生が多いそうであります。
 そのようにゴントルは,どうやらインドネシアでは知らない人はいない学校,というだけでなく,インドネシアの人たちがいったい中では何が起きているのかと関心をもつ対象でもあるようです。というのも,Gontor 1出身者が書いた学園ものの小説Negeri 5 Menaraが,ずいぶんと読まれているようなのです(本屋さんに平積みになっているのを見かけました)。この本については,日本語で,ネット上で記事を書いている方がおられて,面白かったので,ここにリンクしておきます。この方がこのブログの記事で言及されているLaskar Pelangiという小説は,パベランのプサントレンで,日本でいう図書委員の子どもたちに好きな本を聞いたときにあげられた一冊です。子どもたちと先生が,貧困の中でも,よりよい教育,生活を求めて努力する姿を描いているらしい。たしか4作目まで出ていて,相当,人気らしく,英訳も出ていて,映画化もされているとのことで,現在までに英訳が出ている1作目と2作目は入手してきました。これから読んでみるつもりです。この著者の方,相当,人気があるみたい。
 書店を4,5軒回りましたが,インドネシアは出版産業はかなり盛んですね。児童書出版も含めて。政治と宗教の本の棚は特にエネルギッシュに感じました(社会問題,歴史を真正面から扱っている印象)。イスラム文化圏の国の中では,出版物の多様さはこれはピカ一なのではなかろうか,と思いかけましたが,いや,まだまだ調査をはじめたばかりですので。。(インドネシア識字率の変化や読書推進運動については,今回の旅に同行してれた友人のこの論考が参考になる。ラオスの記事の後にある。
 しかし,こうして外国で書店を巡っていると,国際子ども図書館の司書さんたちが収書のための海外出張をできるように,ぜひとも制度を作って欲しいと心から思います。やっぱり,手にとってみて,資料を選んで欲しいなあ。国立国会図書館は基本的に納本制度に基づいているから,資料選択(選書)っていうことを考えてこなかったと思うけれど,世界的に児童書を収集しようなんていうときには選ばざるを得ないんだから。
 また話がズレた。。そしてすでにもうこの記事,長くなりすぎてるな。。
 Gontor 1(男子校)で印象的だったのは,「私たちはlearningに焦点をあてているのじゃなくて,educationをしているのだ」というある先生の一言。Gontor 1でも,Gontor Ptri 1でも,子どもたちは先生が話しかけたら,直立不動のようにして緊張して返答する。その躾けられた様子といったら!寮に住むわけですし,これは相当の抑圧があると思われましたぞ。でもねえ,日本の教育,教師が忘れつつあるこの態度--間近に見て,なんだか身が引き締まる思いではありました。それから,ゴントルでは,校内で社会奉仕活動というかを生徒たちが分担しています。例えば日本の図書委員みたいなことをすると。しかし問題はこの次。複数の先生いわく,Gontor 1では,「what's the improvement/innovation?」といつも聞かれるのだそうです。つまり,先輩たちが昨年までしていたことをただなぞるだけではだめだと,何か自分なりに小さくでもよいからオリジナルな進歩を生み出さないとだめだ,っていうのです。これはすごい!日本で既得権益を守るだけで暮らしている人はよく聞かねばならないね。しかし,生徒はきっといつも,そのプレッシャーのもとにいるのだなあ。
 それから,パベランのプサントレンで,夜,私たちが泊まっていた校長先生のご自宅で目撃したこと。これが今回の旅でかなり印象的であったので,それについてちょっと書いておきたいと思います。夕食後,女の子たちが,次々に校長先生のご自宅の居間にやってきました。そして,コーラン素読を校長先生に一人一人順にご指導いただいていました。モロッコの教育に関する文献を読んでいた中では,コーランの暗記が,暗記偏重の教育の伝統につながっているというような記述を何度か見かけていましたが,インドネシアではどうなのかなと思いました。一方で,私はこの素読の指導というものを目撃して,日本ではかつて素読が重要な教育方法だったわけですが,今,これはほとんど見られなくなっているけれど,それでよかったのかなと,何が失われたのかなと思いました。読書の指導ということを考えるとき,音読だけでなく素読の問題をいつかきちんと取り上げてみたいなと思うに至りました。コーランの読みは,発音,リズム,抑揚もとても重要なんですよね(モロッコで女子大学生やタクシーの運転手さんから聞いたあやふやな記憶)。
 あ,そうそう。Gontor 1では,public speakingの時間を見学しました。先輩が後輩たちを指導していました。Gontorでは,1ヶ月のうち2週間がアラビア語,2週間が英語という風に公用語が変わりますが(!),public speakingはインドネシア語もあるとか。Gontorは言語教育と宗教教育に偏りすぎているなあというインドネシアの人の意見も聞きましたが,おそらく双方に関わって口頭の言語の教育の重視されているところが,私には魅力的に見えました。誤解を恐れずに言えば,コーラン素読は,(アラビア語の)名文/古典の素読と理解してよいのではないかと勝手に想像しますが(神をも恐れぬ書き方ですがお許しください),そのように名文を素読することは,リテラシーの身体技法化につながるのではないかと考えました。
 このリテラシーの身体技法化というようなことは,実は,先月の連続講座第2回の影浦峡先生のご講義のあとから,考えていることなのです。影浦先生の会の後すぐにインドネシア出張に出たので,このときのことを整理できていませんが,近日中に,記事をあげたいと思っています。ちなみに第3回は,今月の最終土曜日で,講師には和田敦彦先生をお迎えいたします。現在,参加受付をしています!
 アーッツ!!プサントレンの図書館について書こうと思って書きはじめたのに,何もふれずに終わってしまった。とりあえずデューイ十進分類法で分類されていたという驚愕?の事実のみ,書いておこう。
 あと忘備録的に。。帰国後に,インドネシアでは毎年Islamic Book Fairというのが開催されることを知った(このサイトによると,2012年は3月9日〜18日らしい)。児童書もあるようなので,行ってみようと思っている。なんでこれを見つけたかというと,モロッコでの調査にアドバイスをくださった方が,カサブランカで毎年,国際図書展が開かれているので行ってみればとおっしゃってくださったことがきっかけ。英語だと,International Book and Publishing Fairとかっていうみたいだけど,2012年は2月9日〜12日か。入試業務の真っ最中かな〜