指輪物語 Lord of the Rings

 最近、雑食的読書をしていました。科学史関係の本をいくつか読んだのですが、そのあたりの読書記録は、今、読んでいる、『知識と経験の革命:科学革命の現場で何が起こったか』(ピーター・ディア著、高橋憲一訳、みすず書房、2012)を読み終わったところで、書きたいと思っています。
 ところで、、とうとつですが、私の人生の十冊に確実に入る一冊は、『指輪物語』です。といっても、瀬田貞夫さんの翻訳ですけれど。この物語は、アメリカではヒッピーたちに大変人気のでた小説であることを今日、偶然、ネットで知りました。最近、ヒッピー的なフレーバーのする、『新版 太陽とともに生きる』(アリシア・ベイ・ローレル、ラモン・センダー著、深町眞理子訳、草思社、2006)を毎晩、寝る前に、見開き1ページずつだけの楽しみにして、読んでいるわたくしには、これはちょっと嬉しかったのであります。
 10年ほど前、『指輪物語』が映画化されたとき、夢中で瀬田さんの翻訳を読み直しました(いまだに映画は観られておらず、原書も読んでおらず)。そのとき、この物語中の、"すべてを統べ"るという"指輪"は、原爆(atomic bomb)のことを言っているのでは、と書かれた解釈を目にしました。(作者のトールキンは否定しているらしいが。)(今、検索したら、英語のwikipediaの方には、参考文献とともに書かれているね。)
 しかし、、今、、ちょっと思いついて、「指輪物語 原発」なんてググってみたら、似たようなこと、思ってた人、いるんだ、と。英語では、unti-nuclear activistsとLord of the Ringsが一緒に語られているページも出てきます。科学の時代であった近代の最大の誘惑、、だったのかな〜〜原子力。でも、、鉄腕アトムのアニメ、ウランちゃんとか、かわいくて好きだったな。。手塚治虫先生、、(涙)
 人間が時代から離れて生きることはできない、ということを改めて思う今日このごろ。歴史研究って、この"時代"なるものをどこまで想像、理解できるか、ということかなと思う。
 ちなみに、『指輪物語』では、ゴクリが、人間というものの弱さや二面性を現していると思うのだけれど、、このゴクリを、フロドは、拒絶しない。このフロドのすがたを思い出すと、日常的に、すぐに、敵/味方の判定という反応・思考・行動をしてしまう自分が恥ずかしくなるのであります。ゴクリは、悪に乗っ取られつつあるかもしれないが、あくまでも悪そのものではない。サムとフロドのやりとりが、私はサムです、と言いたくなる、リアルさ。ほんとうに、この作品は、私のだいすきな"トロル"が登場する、imaginativeな、ファンタジーの最高傑作だと思っているのですが、ただ、ファンタジーという表現では、なにか足りないと思うのです。
 改めて、読み直したいです。