『私はコーヒーで世界を変えることにした。』

 GWは、本学は授業日が何日かあって、ぜんぜん特別な週ではなかった気がするのですが、それでも娯楽に費やす時間はいつもより取れました。そんな中で、仕事について考えさせられるできごとがいくつかあり、いいなあ、若者・お子さまも読んだらいいんじゃないかなあという本にも出会ったので、なんとか整理して書いてみる。
 私が学部生が終わるころ、就職活動の時期がやってきて、差し迫る形ではじめて真剣に、かつ具体的に仕事について考えたときに思ったのは、自立(経済的・精神的に)したいということが一番で、氷河期だったし、女性にはアシスタント職が用意されていた時代だったから、自立できる仕事を見つけたいというだけでもかなりハードルが高いように感じた。でも、最初はアシスタント職に就くにしても、何か見つけて、必ず30代はじめくらいまでには自立しよう、と思っていたように記憶している。そして関連して、働くって、他の人の誰かに役立たないと、お金は貰えないよなあ、と。自分は何で人の役にたてるのだろうと、悶々と考えていた。それに加えて、自分がなにかとpickyな人間である自覚はそのころまでに十分もっていたので、やっぱり、長く続けられそうなこと、要するに好きなことを仕事にしないとだめだよなあ、と思っていたと思う。
 その後、いろんな働く人たちと出会ってきて、どういう人が美しいって、好きなことを仕事にしている人、もしくは人(他者)のために働いている人、もしくは好きなことをして人のために働いている人だなと強く思うようになった。司書もだし、医療従事者や、料理人にはけっこういるかな。あとは聖職者やエンターテイメント界の人か。すごくわかりやすい究極の例で言うと、ポールです(笑)、Paul McCartney。彼のコンサートに行って、こんなに、自分の好きなことをしていて、かつ、人を楽しませることが好きな人がいるのだ、と感銘を受け、"ポール"は私にとって、働く人をほめたいときに使う言葉になった。友人でいきいき働いている人、日常で出会って、ああこの人の働き方、生き方は美しいなと私が感じる人は、だいたい、この二つの要素をもっている。

 などと思っていたら、GWに入るころ、こういう人たちもそうだなあとつくづく思う二人を見つけた。一人は、この育児ブログの主。発達障害をもつ子どもの育児記録なのですが、最初は自分の息子の障害を知らずにいて、気づいて、試行錯誤を繰り返しながら子どもの成長を促し、見守っていく、そのいろいろがブログに綴られている。どうやってこのブログに出会ったのか忘れてしまったが、何かのきっかけで見つけてから、通勤電車の中でこのブログを最初からずーっと見ていき、あまりに感動して、彼女の書いた本『うちの子は育てにくい子:発達障害の息子と私が学んだ大切なこと』を買った。これを読んで、みながいかに手をかけて、心を寄せて、子どもを育てていくのかに今さら気づき、大人になってすっかり忘れてしまっていたけれど、自分もずいぶん手をかけてもらって育ったのだよなあと思い出し、彼女も、私の中で、"ポール級"(←これが最高のほめ言葉なわけです)に認定した!
 と同じころ、レディ・プレイヤー1で、スティーヴン・スピルバーグっていうのも、"ポール級"だよなあ、と思い知らされた。この映画、curatorが登場します。curatorは日本では学芸員のことだと言ったりしますが、英語の世界では必ずしもそうではないようで、特に大学図書館専門図書館では、curatorと言って、学芸員と司書の仕事を合わせて行っているような人がけっこういると思います。本学に今年、着任したハモンド先生はイエールでcuratorというタイトルももっていました(ハモンド先生が自らのキャリアについて語られた記事(英語でのインタビュー)はこちら)。まあ、この映画に出てくる、Halliday's Journalというハリデーという人の人生の記録を集めた博物館/文書館のようなところや、Anorak's Almanac(アノラックというハリデーのアバターの名前がついているが、実際はハリデーの人生の記録)などの存在をみると、アメリカ社会において、記録を残す、しかも整理して残す、ということが、私たちとはまったく違う重みのあることであり、それが文化として広く共有されていることを実感する。

 などとしているうちに、GW終盤に、これまたネットサーフィンで、このページを見かけた。とんでもない人だと思い、彼の著書『私はコーヒーで世界を変えることにした。:夢をかたちにする仕事道』をすぐに読んでみた。ページを開くたびに感動して、止まらない。早速、GWに出かけてないんだからこのくらいの贅沢いいんじゃない?と、彼の開いた銀座のお店グランクリュに行ってみた。一生行かないかもしれないと思ってた、GINZA SIXに入っちゃったよ(笑)。いやあ、2種類飲んだのですが、二つめを口に含んで私、泣いちゃいまして。食べもの飲みもので泣いたの、はじめてかもしれません。ほんとすごいですわ。私の飲み物観が変わった。
 この川島さんという人、ほんとうにすばらしいと思うのは、好きなことをして人のために働いている人なんですけど、コーヒーを作っている人の側に立った「人のために働いている人」なんですね。『私はコーヒーで世界を変えることにした。』を読んで、グランクリュのコーヒーを飲んで、そう思いました。ほんとうに「世界を変える」かもね、と。南北問題なんかを彼はコーヒーでほんとうに解いていくかもしれないな。フェアトレードという言葉が薄っぺらくすら思われるような、そういうすごみを川島さんからは感じますね。この本の中で、そういうことを直接語ってはいない。し、ポプラ社のこの本の紹介ページ(上掲)の推薦文"自分の仕事を愛し尽くす……男の真の幸せとは、こういうことなんだ!"なんていうことも当然、川島さん自身は書いておりません。サブタイトルも、川島さんが付けたとはとても思えない。彼の両親が彼をいかにきちんと育てたか(過保護な意味ではなく)を見ても、彼が考えていることは"男"だ"仕事道"だなんて言葉であらわされるものとは違うのではないかと思うのだよなあ。"幸せ"って言葉すら違う気がするよ...
 というわけで、川島さんにどこかで会えないかなあと妄想しております(笑)!